私の190E            13年乗りました!                             
                                            
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小さな車に「メルセデスベンツらしさ」をつめ込んだ傑作!
90年式中古のパールグレーの190Eを手に入れて13年になります。
いろいろありますが、良くも悪しくも今の日本車が忘れてしまったものがこの車にはあります。
 
〇「乗用車」であること。

 頑丈な車体、人にとっての合理性を追求した洗練された室内、人をいかに安全に快適に運ぶか、当たり前のことに徹底してこだわったひとつの形がこの車にはあります。
 
〇きちんとしたメンテナンスが必要。

 いわゆる車というよりも,産業用の精密工作機械のような設計があちらこちらになされている車です。「こわれる前にメンテナンス!」が要求されます。メンテナンスに必要な部品(純正部品)のほとんどはスムーズに入手できますが、とにかく手間がかかります。
 その一方で「マシン」を実感できることも事実で、車好きの人はもちろん、機械好きの人にとってもたまらない魅力をもっていることはいうまでもありません。精密機械のつもりで丁寧に取り扱い、年数、総走行キロにあわせたメンテナンスをまめにすれば、実感として、19年たっても新車のフィーリングを味わうことができます。
                                                                                     運転技術もメンテナンスのひとつ??
〇でもやっぱりよくこわれるわ・・・。

 メンテナンスをまめに・・とはいってもなかなか大変。特に予想外のトラブルにはくたびれてしまいます。
 ただ190シリーズのウィークポイントは比較的よく知られているようで、専門の整備工場に点検を頼めばアドバイスしてくれます。
 私の車の場合、はじめのうちは予想外のトラブルに見舞われていましたが、計画的にメンテナンスを重ねていくうちに次第になくなりました。

 
〇長持ち190E

 わが家にあった1985年製の190E、とうとう手放しました。8年使いました・・・ 私の車の整備のための部品取り車を探していて、スクラップ前の190Eを見つけ、引き取りにいったのですが、ひと目見た親父が「部品取りなんてとんでもない!!いい車じゃないか。わしが乗る!!」諸経費のみで譲り受け、あちこち手間ひまかけて修理。大体動きもしない車。エンジンがかかって、まともに乗れるようになるまで半年くらいかかったものでした。
  手放した理由は、故障ではなく、親父の高齢化。今は引き取られた販売店のショーウインドウに 「非売品」となって飾られています。ホント、スクラップにならなくてよかった・・・。初期型でちゃんと動く?190Eは珍しいようです。
 製造中止からずいぶん経つ190Eですが、いまだに部品が手に入るのが大きな魅力。修理さえできれば、オーバースペック設計の車はとても長持ちします。

 190Eは現行のメルセデスベンツのベースとなった車と言われていますが、現行のメルセデスベンツに限らず、20年以上経過してその多くの基本技術が世界中の車に取り入れられ、普及しています。そして何よりもその基本性能(止まる、走る、曲がる)や、ABS、破綻しない舵取り装置、リアシートの3点式シートベルトなどの安全設計思想は、現在の車と比較して、遜色を感じさせられることがありません。
 5ナンバー車といえば、小型大衆車そのものですが、日本車の同クラスの車と190Eは根本的に設計思想が異なっていますので、単純比較はできません。10年以上使ってみて、実感としてもそう思います。
 このクラスの日本車だと、一定の走行距離(およそ10万Km)を重ねるまでは、ほとんど故障らしい故障をしません。とても経済的です。しかしこれを過ぎると大きな故障が起きて、買い替えたほうがよくなる場合もあります。
  一方で190Eは、大事に至らない程度の故障は前提ですから、新しいうちからまあとにかくちょこちょこと故障し、維持は大変です。しかし大きな故障は、「乗りっぱなし」をしない限り、日本車以上の走行距離を重ねても起こらず、長年に渡って使い続けることができます。

 

〇 20年以上・・・次の世代へ

 地元大学の近くのスーパーマーケットの駐車場に駐めていたときです。お客さんとの約束の時間まで少しあったので、車の横でぼんやりしていたら、学生さんが話しかけてこられました。

 「これ、ベンツですよね。なんて名前なんですか。」
 「190Eといいます。これは1990年式です。日本では1988年頃から種類が充実したと思います。」
 「へえ〜よくわからないけど、僕が3つくらいのときの車なんだ。Cd値よさそうですね。5ナンバーなんですね。インジェクション?サスは?」
 「詳しそうですね。機械系の学生さんですか?」
 「はい、機械工学の4年です。シャシを卒論のテーマにしています。」
 「なるほど。お詳しいわけですね。ではコードネーム、W201と言えばわかりますか?」
 「あ!もしかしてテキストに載っている、あの車ですか!!」
 「これは後期型で、テキストに載っているのは多分1985年式くらいではないかと思いますが、基本的なつくりは同じですよ。」

 ボンネットを開け、ABSなど興味深そうに眺めて、携帯電話のカメラで写真を何枚も撮って行かれました。一番驚かれたのは、日本では2008年になってやっと義務付けになった、後部座席のシートベルトが当初から標準装備になっていること、エア・バックは日本生まれの安全技術なのに、1985年式の190Eにエア・バックがないのは、当時、エア・バックに使う火薬の許可が下りなかったためという説明をしたときでした。

 ベンツとの出会いと言えば、うちの親父は、旧制工業学校の学生時代、学徒動員で海軍の軍需工場に駆り出されたときの魚雷のエンジン。最高レベルの軍事機密だったそうですが、すでにドイツは降伏しており、日本の敗戦も決定的、そして1945年9月に海軍入りが決まっていたことから「冥土への土産に」と、数名の仲間と一緒に見せてもらったそうです。圧倒的な精緻さと出力に冷や汗が出たと言います。そして終戦。「不謹慎な言い方だが、ナチス・ドイツでなかったら、ヒトラーが独裁者でなかったら、ドイツは第二次世界大戦の戦勝国になっていたかも知れない。ぞっとする。飛行機も自動車も、平和な空と陸でのみ輝きを放つものだ。安全と調和のための技術は殺しの技術よりもはるかに高等で 難しい。」そして最後はスマートKにご満悦、先日、60年以上に渡って握ってきたハンドルを放しました。

 私は学生時代の190E。今ではもう教科書の中に居る190E。多くの190Eが街を走っていた頃に生まれた学生さんが190Eを見て、新鮮さを感じている・・・。もう次の世代なんですよね・・・。よっしゃ!私も若い人に笑われないよう、それなりに頑張らなきゃ。

 

〇ここまできたら、どこまで乗れるか挑戦!!

 なんだかんだと書いていますが、本音のところ、この車を手に入れた当初、周りの方々から「外国車はよく壊れるから大変だ。」とか、「190は故障が多い。」などとさんざん言われて、意気消沈していました。実際、よく突然故障してくたびれましたが、まめにメンテナンスをしていると、予想外の故障が少なくなってきました。近年は予想外の故障に悩まされることはなくなっています。
 学生時代、試乗した瞬間から欲しくてたまらなくなった190E。学部仲間でデイーラから事故車を譲り受け、徹夜で分解したメルセデス。まさに精密機械・・・洗練された技術に圧倒されました。それから10年もかかって、安月給はたいてやっとこさ手に入れた憧れの車です。
  ここまできたら、部品のある限り、大切に使っていこうと考えています。

 私の車は2010年で車齢20年、このHPも開設して13年になります。親父がハンドルを握らなくなり、今、190EとスマートKを交互に使っています。スマートKは・・小さなエンジンですが、やはりメルセデスベンツのエンジン。独特の感覚は190Eとさほど変わりません。また「シャシはエンジンよりも早く」もしっかりと受け継がれていることが実感できます。とにかく重要な部分に使っている材料が贅沢。ここに従来、日本車が得意としてきた燃費の良さが加わり、俊足で小回りが効く。おまけに「ガタピシ」がこない。「ベンツが軽自動車を作ったらこうなる。」という強い主張があり、現行国産の軽自動車とは全く異なるものであることがよくわかります。RR車であることもありますが、特に雪道でのスマートKの取り回し感覚は、往年の国産名車、スバル360に近い独特のものがあります。

 

   
 
 
 
 
                                                        2008年 8月 撮影
 
 

〇 私の190Eは自動車としての機能をよく果たしています。

 私の車は全くのノーマル車です。カーナビも高級オーデイオも、ETCもありません。購入のときに勧められたCDだけはついていますが。

 190Eを買ったとき、周りの人からは「また何で・・・。」とか「ベンツなんて贅沢な車、乗り回して・・・。」などと冷ややかに言われていました。でも実は私にとって自動車はただの「道具」なのです。190Eに乗る前、まず運転免許を取得して乗ったのは、車両価格1万円の三菱ミニカ (エアコンなし)次が3万円のスバルレックス(エアコンなし)、10万円のスバルレックス(やっとエアコン付き)・・・、新車なんて乗ったことはありません。

 で、この頃のご近所の評判は、「中古で10年以上も乗ってるんですか。やっぱり結構、ケチなんですね。」「そろそろエコ換えされたら。」   おまけにここんとこ親父の乗っていたスマートKも使っていますから、ご近所さんはますます??になり、どうやら「わけのわからない人」ということで評判が定着してしまった様子。また整備工場に車を持ち込んでも、もうセールスマンから新車を勧められることはなくなりました。

 いや何のことはない、今も昔もカネはいつも無い。だから車を乗り換えたくないだけなんです。190Eを買ったのは、頑丈、古くなっても修理できる。案外、燃費が良いといったことなどからですが・・・。ただでさえカネがないのに、この不景気でますます金欠。「エコ換え」なんて無理。もっとも「エコ換え」するだけのカネがあったら、この190E、ピカピカにできるんですよ・・。

 私が学生の頃はちょうどバブル景気の絶頂期。結構いい車に乗っている人が多かったのですが、エンドレスの実験、実習、休み不定期の私には「細切れの時間」はあっても、まとめてアルバイトをする時間はなく、バブル景気とは縁のない実家は貧乏で仕送りも不定期。いつも金欠状態。よってピカピカの車なんぞ、はるかかなたの遠い存在。
 ところが一方で私の入った大学は「タコ足大学」、文系学部の学生はまだよかったのですが、実験、実習の必要な理系学部の学生は、専門に進むと、午前と午後は別のキャンパスといったこともしばしば。電車、バスを使っていたら間に合わず、自力で移動できる自動車は必需品。  大学側もキャンパス間の連絡が不便なため、私のような学生には快く自動車の使用を認めてくれていました。で、結局、私の場合「ポンコツ車」を乗り回すしかなく、カネがありませんから、とにかく自分で車を整備することが必要だったわけです。
 機械系でしたから、自動車1台ばらしたり組み立てたりするのに必要な道具は実習場に一通り揃っていて、教授も「良い勉強になる」と、道具一式、自由に使わせてくれましたから、夜な夜な自分のポンコツ車を持ち込んで、あっちを直し、こっちを直し・・・をしていたわけです。趣味で車をいじるのではなく、ちゃんと公道を走るための本気の修理。なかなか上手くいかずに難儀していると、ふらりと助教授や博士課程の先輩諸氏がやってきて、「ちゃんとそこの油圧測ったか?」「これは組み方が逆。ほら、この部品、基準面はこっちだろ、これじゃあ走っている間にボルトが緩むぞ。」「こら!この材料とこの材料、溶接できるわけがないじゃないか。リベットにしろよ。ただし、死にたくなかったらちゃんと 材料試験してデータ取ってから組めよ!」といった「課外授業」が受けられたりで、タコ足大学のおかげで、とてもよい学生時代を過ごせたと思います。そんな中で190Eとの出会い。・・・今ではちょっと考えられないですよね。
 実際、これは本当に良い勉強になり、就職後もポンコツ車を「愛用」、次から次に起きる故障の大概は自分で修理して乗っていました。ただ、残念なことに国産車の場合、修理したくてもある程度の年数が過ぎると純正部品がなくなる。意を決して、安月給はたいてあこがれの190E を買ったわけです。

 自動車は、道さえあれば自由に自分の足だけでは到底移動できない距離を一気に移動することのできる、あるいは自分の手だけでは到底抱えきれない、たくさんの荷物を運ぶことのできる便利な道具です。
 私は自動車に、安全に快適に移動するため以外の機能は必要ないと考えています。道具はすぐに使えなくなるものでは困ります。壊れない道具というものはありませんが、油差しなどの日常の手入れと、消耗部の交換で永く使えるものが「良い道具」です。
 190Eは全くそのあたりの私の希望をかなえてくれる車です。

 車はひとつ間違えれば他人までも巻き込む、人命にかかわるものです。車に乗る以上は、いつでも可能なかぎり全てを完全にしておかなければならないと考えています。
 あまり外回りをきれいにすることはしませんが、ガラス、下回り、エンジンルームはいつもきれいにしています。車内にはマスコット等は一切置いていませんし、ビン、缶等は絶対に車内に置かないことにしています。また、細かい事でも気が付いたらできるだけ早く対応するようにしています。
 
 190Eに限らず、小型のメルセデスベンツは案外、質素な自動車だと思います。「付加価値」という点では他の自動車のほうが勝っていると感じることもあります。
 もともとゴットリープ・ダイムラーのガソリンエンジンや、カール・ベンツのガソリンエンジン自動車の発明は、当時の馬車や蒸気自動車の抱える問題(糞、煙、移動距離、快適性、低出力、扱いの難しいボイラーなど)を「改善」するために成されたものです。自動車は馬車の代わりであり、安全に快適に人や物を運ぶための道具。これ以外の何物でもありません。
 残念ながら、自動車発明当時からの課題は、形が変わっただけで現在に至るも「解決」されているとはいえません。特に大気汚染の問題は、地球温暖化という、全ての地球生命の存亡にかかわるものとして顕れ、もう待ったなしの深刻さと言えるでしょう。2100年まで今の文明社会を維持することができるのかという議論も真剣になされるようになってきています。しかし、原点への解は未だなされていません。だからこそ、原点への解に向けての現実の取り組みが謙虚に具現化されているメルセデスベンツは、世界に広く認められる車なのだと思います。
 この車が動いているうちに「化石燃料車使用禁止」となり、晴れてこの車を「スクラップ」にすることができれば理想的です。