何でメーカーが学習会??

畑賀学習会の「いきさつ」
 
「畑賀学習会」には、一般的な学習塾とは全く異なる誕生のいきさつがあります。ましてそれは、平川製作所のいわゆる多角経営などからではありませんでした。
学校荒廃の問題は、人口が少なく、子供たちにとって学校以外に学習場所のない畑賀地域では特に深刻でした。都会地ではいじめに遭ったら近隣校への転校といった回避策もありますが、畑賀では物理的にそうはいきません。従って回避策は唯一、不登校になるだけです。しかしそうすると学習は全て自宅になる。一体どうすればよいのか。
畑賀地域はもう一地域と接し、両地域の生徒が同じ中学校に通学していますが、その地域性は全く異なります。古くからの町、ご近所付き合い濃厚で皆が顔見知り、「行事多すぎ町内会!」と、町役になった多くの人が悲鳴を上げるほどに各種行事が盛ん、何にしても町民総参加の畑賀と異なり、隣は高度経済成長期以降に造成された広島市のベットタウン、三大都市圏からの多くの転入者を抱える、近所付き合いのほとんどない「大都市」です。このため「地域ぐるみでのいじめ、非行抑制」ができません。中学校では「少数の」畑賀の生徒がいじめのタ−ゲットにされるのが常、その内容も大都市型の辛辣なもの。さらに中学校の廊下には酒瓶、煙草の吸殻が散乱、壁は傷だらけの落書きだらけ、きれいな窓ガラスなしの有様で、まともに学ぶことのできる環境ではない、煙草を咥えながら生徒が堂々と登下校、見かねた地域の大人が注意すると、ナイフをちらつかせて脅すほど、地域として学校に申し入れをしたところで学校も教育委員会もどうすることもできない、そしていつも最悪の事態となってから警察に渡すしかない厳しい状況でした。折りしもインタ−ネットの普及のはじまった頃、結果、中学校は全国指折りの荒廃した学校として全国に知られるようになってしまいました。(当時。2017年現在では、その後の大幅な生徒数減により「自然解決」しています。)
そしてこのような状況の中、大学合格を目指し、片道1時間半をかけて通塾していた畑賀の高校生がその通塾中(深夜の帰宅中)に交通事故に遭ってしまいました。本地域の国道はまた全国ワ−スト1の交通事故多発箇所(当時。現在はバイパス開通により解決しています。)であり、深夜は特に危険、危惧されていたことが現実になってしまいました。
すなわちこの問題の根本には絶対的な地理的条件があります。畑賀と隣接する地域は山陽道一番の交通難所開始点、険しい谷で、街道沿いのわずかな平地以外、昭和まで人を寄せ付けず、土木技術の発達により、高度経済成長期から広島市のベットタウンとして大規模に開発され、全国から人が集まって住み始めた、いわゆるニュータウンです。当然「地域文化」は無く、言葉は「広島ことばの混ざった東京山手ことば」です。対して畑賀は全地域がいわゆる日当たり良好な南向きのため、縄文期から集落があり、室町時代には、ほぼ現在の5000人規模の町になり、平安期以降の伝統行事の盛んな京都文化、言葉も「京ことばの混ざった広島ことば」です。これほど極端に歴史と文化の異なる地域が隣接し、同じ中学校に生徒が通っているところは全国的にも珍しい、つまり学校荒廃の問題は、隣接地域の急激な人口増加に伴って自然に生じるものであり、その解決は絶望的に難しいものでした。(「文化の力関係」が変わらない限り解決しません。当初、畑賀地域の生徒1に対して隣接地域の生徒は7であり、無理であると考えられました。2017年現在では、隣接地域の急激な少子高齢化により、畑賀地域の生徒1に対して隣接地域の生徒は3となり、事実として「自然に」諸問題が解決しています。ただしこれは今日、隣接地域に学校とは全く別の深刻な諸問題を招いています。)
「これはとても行政には解決できない。しかし目前の子供たちに待ったはなし。地元、自力で子供たちを護り育てる以外にはない。」幸い畑賀には人材は揃っています。早速、有志による「私的協議会」が作られ、大学などとの連絡を密にしての検討が開始され、いわゆる「つて」を頼りに全国トップレベルの頭脳も集められました。(畑賀は昔から三大都市圏にある高等教育機関への進学者が多く、さらにその卒業・修了後のUターン率は約5割、つまり男子のほとんどが戻ってくる、いわゆる日本の中央とのつながりの深い町です。)
けれども当初、意見はばらばらで全くまとまりませんでした。当時はまだ客観性に乏しい資料しかなく、各者の独自研究によるところが多かったためです。しかし「激論」を交わすうちに、ひとりの発言、「皆さん、冷静になりましょう。これでは私たちもいじめ加害者と変わりません。大人がこれでは子供は変わるわけがありません。」で、皆が気付いたこと、それは「相手も専門家。まずは相手の主張を尊重する。」でした。自信とプライド、そして「一刻も早く何とかしたい」の思いからの「激論」、しかし「本物のプライド」「本物の学識」は「相手の主張も受け入れること。」ですし「早く何とかする」には、喧嘩をしていては駄目。分野を超え、協力して客観性を導き出す。皆、恥ずかしい、自分自身で自分のプライドを傷つけてしまったと思いました。
「到達点は明確であり、我々はそこにどうしても到達しなければならない。我々はブレイク・スルーするために最善となる手段方法を見出そうとしている。異論反論は全員の主張を聞いてから。」これを「暗黙のル−ル」としてから話が進みはじめました。日本トップレベルの専門家同士の「生の知識の横つながり」が形成され、実現可能な、望ましい姿が見えてきました。誰も伊達に何十年も研究、実践してきたわけではありません。そこをお互いに尊重して知恵を結集する。最後には人間的にも相互理解が進み、「よ〜し…これでいこう。」になりました。
例えばいじめの原因には大きく2タイプあり、ひとつが「犯罪型」、もうひとつが「他者否定型」であることが「知識の統合」によりわかり、ここから「回避策」がみえました。欧米に「いじめ」という言葉はありません。これは、前者は別として後者は概ね12歳以上では「他者を否定する者は自らもまた他者によって否定される。」の「自己倫理観」によって「自然に抑制されている」ためであることがわかり、これが本学習会の考え方の基本となりました。すなわち学習阻害の原因も同じところにありますから、ここを押さえれば、あとは単純に「高効率の方法」だけ、世界最高の平均学力を維持し続けている北欧型教授方法を導入すれば効果が得られるはずです。
また教師の「プライド」は「学びと教えのプロ」であることの「自己認識」からであり、ここに「安定した生活を保証する以上の金銭や待遇」などが介入、「引き換えに」、いわゆる「ノルマ」、これに伴う「余計な管理」などが入ると、実は満足な教授ができなくなる、そして「本物の教師」には「聖職者でありたい」の「欲望」があるから、その欲望に本当に応えるためには「教務自体はボランティア」とする必要があり、またさもなくば「本物の教師」=有能な教師は集まりません。
全てをまとめて町内会に提出、町内企業また社会福祉協議会の協力を得て実施に踏み切ったのが「畑賀土曜学習会」であり、その町内協力企業が、一通り公教育の心得のある平川製作所でした。協議会結成より実に7年が経過し、周囲、社会状況も大きく変わっていました。
しかし効果はすぐにあらわれました。それはいかに周囲、社会状況は変わっても「求められる教えは普遍」だからです。今はいじめなどによらない不登校、高校中退の問題などが深刻ですが、「対症」ではなく「根治」を目的とした7年間の各専門家の相互協力による研究の積み重ねは大きく、これらにもほぼ常に迷いのない迅速対応とそれによる効果を生み、4年間の実践で大きな成果を残しました。着手から実に11年。地道な「住民パワー」の勝利でした。
そしてまた地域から要望が出ました。「学校以外に学習場所がない状況だけは、人口の問題からどうやっても変わらない。かかるものはどうしてもかかる。有償でかまわないから総合対応できる組織が欲しい。あわせて他地域の困っている生徒さんも受け入れて欲しい。」
そこで平川製作所が引き継ぎ、有料運営し始めたのが「畑賀学習会」です。しかし有料であっても、あくまでも地域あっての学習会であり、そもそも教育は私立学校であっても非営利です。「実費のみ。利益を求めず。」で運営しています。
そして何よりも尊い犠牲は決して無駄にしてはならず、忘れてはなりません。平川製作所は元祖「畑賀土曜学習会」を、さらに発展させた「先進教育研究会」として大切にしています。
評価は後の第三者がするものですが、このような小さな地域の学習団体で、大学と連携し、教育研究部門と実践部門を持つ、徹底的に研究して作られた本格的な組織は、恐らくは日本初、また日本唯一であり、自信を持って地域に残して生きたいと考えています。あくまでも教育は非営利でなければなりませんが、参加される生徒さんが多くなり、私たちの志を理解できない、心ない学習塾経営者からの誹謗中傷が始まってしまったことなどから、2018年9月、「広島の田舎、畑賀から全国に!」で、有限会社平川製作所の改組に合わせ、そのブレインと統括を有限会社平川製作所の親会社、純粋な研究開発企業である合資会社平川研究所に移し、平川研究所グループ全体、また、同様の問題に長年苦しんできた長野県の有志各団体と協同して取り組んでいくことにもしました。
明確な目標がなければ、最善となる解決手段、解決方法は決して見出せません。
「やってみよう」にも根拠があり「主張」にも根拠があります。従って少数意見の中にこそ解があります。「右倣えの多数決」では何も解決できなくなることがよくあります。そしてそうなってしまった集団を「烏合の衆」と呼びます。あくまでも従うべきは明確な目標とそれを達成するに必要な客観的・合理的な現実的手段と方法です。
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